二足のわらじ
株式会社日本点眼薬研究所
代表取締役社長 上竹 あゆみ
当社は1961年、奈良県立医科大学名誉教授 故神谷貞義が「眼科医のために点眼薬を良い品質で、安定的に供給する」ことを目的に設立されました。創業以来「目にやさしい点眼薬」の研究と開発を追求してきました。難溶性薬剤の可溶化のほか、防腐剤無添加点眼薬のための「PFデラミ容器」などの開発に取り組んでいます。
私は会社の経営に軸足を置きながらも、眼科医として細々と臨床に携わっています。眼は小さな臓器ですが複雑な構造を有しています。この20年来、眼科医療は国内外で革新的な疾患の基礎・臨床研究が展開され診断が大きく変わりました。治療技術も飛躍的な進歩を遂げています。失明率も世界で随一低さを誇っています。
白内障の手術を一例に挙げてみます。白内障は虹彩の後方にある水晶体が主に加齢により徐々に濁ってくる疾患です。まぶしさや色調の変化、進行具合により視力の低下が主な症状です。大抵はゆっくり進行するので、運転免許証の更新や人間ドックでの指摘などが受診のきっかけになることが多いようです。
白内障手術におきましても機器と方法が革新的に進化しています。術創は15ミリから3ミリ弱になりました。それと伴に1時間近く要していた手術時間は、合併疾患にもよりますが20分弱になりました。術後の視力に関しましては、分厚い眼鏡を要した時期もありましたが、今では眼内レンズが広く普及し、さらに進化を続けています。単焦点レンズに加え、多焦点レンズや軽度乱視の矯正できるトーリックレンズなど選択の幅が広がっています。また1週間弱の入院期間を要しましたが日帰り手術が可能とな
り久しくなりました。
思い出深い症例のお話です。後期高齢者の女性が受診されました。良く目が見えないようだとのことで御家族の方に手を引かれ受診されました。その表情は乏しく発話もほぼなく、身なりを気にされているようには感じられませんでした。御家族の方はそのご様子に、眼の症状以外にも認知症の可能性についても心配されていました。
早速、必要な検査後に両眼の白内障手術を計画、順調に経過。術後の再受診時には見違えるようなおしゃれをされたその女性が暗室に何のためらいもなく一人で入ってこられました。 「はじめ目の手術なんて言われて怖かったけど、よく見えるようになって嬉しいです。でも鏡を見たら自分の顔にシミやしわがこんなに増えていてびっくりしました。十何年かぶりにお化粧をしました。」 と楽しそうにおっしゃいました。そして驚いたことにやってみたかったフラダンスにも挑戦され始めたとのことでした。お元
気な姿に御家族も一安心されていました。
因みに男性の場合は、“夜の運転時に対向車のライトのまぶしさが気にならなくなった”や、“趣味のゴルフの際、ボールの弾道が追える様になった”などお聞きします。なかにはずっと心配していて下さった奥様に良く見えるようになった事をつい「“そんなにしわが増えているとは知らなかった。”」と言ってしまいだいぶ怒られた“と笑いながらお話しいただいたこともあります。その穏やかな表情につられて私も笑ってしまいました。
眼科診療は眼だけを治すだけではなくその人のQOLの質を高める事が可能と実感出来ました。また眼科医は初診から検査、診断、治療と一連の診療を一人でこなすので、ことさら次々に起こる医療の技術革新に努力は怠れません。時に自分の非力さに打ちのめされることもありますが、患者の生き生きした笑顔は眼科医として強いやりがいを感じます。大学病院に勤務していた頃、外科病棟から配置転換になったばかりの婦長に退院する患者を見送りながら「眼科医はしあわせね、あんなに喜んでもらえて」と言わ
れたことを思い出します。
眼科医としての経験が今の仕事にもつながるようにしたいと思うのと同時に、今後も創業の志を忘れることなく、培ってきた技術で時代のニーズや医療現場の声に真摯に向かい合いたいと考えています。