着眼大局着手小局
ダイト株式会社
代表取締役社長 大津賀 保信
平成最後の2019年、あと1か月余りで新天皇の即位と新しい元号の公布という節目を迎える。各界各層の年頭あいさつには新時代の到来とともに、変革の時代の幕開けにどう対応していくかの気概が感じられた。昨今の薬価制度改革により新薬、長期収載品、ジェネリック医薬品のいずれもが荒波の大海に投げ込まれた感があり、いっそう気を引き締めて取り組んでいかなくてはと決意を新たにしている。平成から次の時代へ、2020年以降のジェネリック医薬品市場の将来、団塊の世代が75歳以上となる超高齢社会の到来、人口減少、AI(人工知能)等の科学技術の進歩など、かつてない変化の時代の企業経営には、私がかねて座右の銘としている「着眼大局着手小局」がますます重要と考えている。
さて、当社が本社を置く富山県は今や医薬品生産額日本一(平成28年薬事工業生産動態統計年報)となり、名実ともに「薬都」として発展を続けている。ご存知の通り、富山県薬業は300年有余の歴史と伝統がある。江戸時代、元禄年間の1690年、二代藩主前田正甫公が江戸城にて、腹痛を起こした三春藩主(いまの福島県)に「反魂丹(はんごんたん)」を差し上げたところ、驚くべき快癒を示し、居並ぶ諸藩から「富山の薬を分けてほしい」との要請があったことに始まる。
その後、藩が反魂丹役所を設置し、城下に製造所、販売する者を教育する施設を完備し、いわゆる先用後利(せんようこうり=商品を先に預け置き、代金は後払い)の商法で名高い「配置薬」を誕生させたのである。決して豊かではない北陸の小藩(10万石)が遠く北海道から九州鹿児島まで、医薬品を売り歩くという攻めの発想(着眼)、品質を高め、人材を磨いてきたこと(着手)など、今日に通ずる部分が多い。
その流れは今も変わらない。特筆すべきは官の動きである。平成28年6月にPMDA(医薬品医療機器総合機構)の北陸支部並びにアジア医薬品・医療機器トレーニングセンター研修所が富山県に設置されたほか、平成30年度から地域における大学振興・若者雇用創出事業の指定を受けた「くすりのシリコンバレーTOYAMA」創造計画が推進されている。
このような富山の医薬品産業は、生産額1兆円の早期達成をめざしているが、その前途は容易ではない。政府の経済財政運営方針により、いっそう厳しさが増す国内市場への対処とともに、グローバル化の波は容赦なく襲いかかっている。
当社はこうした状況を見据え、高薬理活性製剤の生産設備を立ち上げたほか、中国安徽省における製造子会社及び資本提携会社を本格的に活用したいと思っている。特に、中国の環境規制問題から医薬品中間体などが急に製造中止や大幅な値上げなど予期せぬ状況に追い込まれる事態が多くなった事により、原薬の製造上流部分の安定供給体制の構築(着眼)をしており、今後もお得意様から安心して頂けるように対応中(着手)である。
ジェネリック医薬品市場の成長とともにある当社だが、世界の潮流、日本の医薬品市場の未来を展望し、変化には変化で対応(着眼)、顧客ニーズに的確に応えるため先手を打っていきたい(着手)と思う。