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月刊JGAニュース

医薬品の安定供給確保に関する諸外国の取り組み  

はじめに

「全世代型社会保障検討会議中間報告」(2019年) において「必要不可欠な医薬品の安定供給の確保」が盛り込まれたことなどを受け、厚生労働省医政局において「医療用医薬品の安定確保策に関する関係者会議」が設置され、2020年7月までに2回の会合がもたれた。
 一方、2013(平成25)年度に厚生労働省医政局経済課では、「後発医薬品の産業振興及び安定供給確保対策事業」として、欧米におけるジェネリッ ク医薬品の欠品状況や原薬調達等についての調査を行った 1) 。筆者は、本調査の検討委員会座長として現地調査にも関わった。
 医薬品原薬(active pharmaceutical ingredi-ent;API)や原料物質(starting material)等の中国、インドへの依存は欧米でも問題となっており、医薬品供給不足は、いまやグローバルな問題として認識され、各国・地域で安定供給に対するさまざまな対策が講じられている。
 本稿では、諸外国の医薬品供給不足に対する最近の取り組みをみながら、安定供給確保策に関する私見を述べていきたい。

医薬品供給不足の定義

 医薬品供給に関わる問題については、一時的な出荷停止や品薄、販売中止などにより医療機関における使用ができなくなる、あるいは困難になる状態がある。「出荷調整」「品切れ」「出荷停止」などが含まれるが、本稿では、まとめて「医薬品供給不足」ということにする。
 一方、諸外国では「medicine(drug)shortage」とされ、「①供給が需要を満たすことができない、②供給の中断、③配送できない、④患者が利用できない、のいずれかの状態を含むこと」 2) 、あるいは、「保健システムにおいて不可欠であると認識される医薬品の供給が、公衆衛生と医療ニーズを満たすために不十分となる状態が発生したこと」 3) などの定義がある。

医薬品供給不足の原因

 供給不足の原因については、2019年12月に欧州の製薬企業団体が供給不足の根本的要因 (root causes)について、以下の4点を挙げている 4) 。ジェネリック医薬品を含む特許切れ製品については、価格引き下げを背景に供給不足のリスクや頻度が高いが、供給不足は必ずしもジェネリック医薬品だけの問題ではない。

  • ①規制:各国規制当局の薬事承認や保険収載の判断による供給不足。
  • ②製造と品質:製造キャパシティ、自然災害、GMPに関連する製造上の問題、需要急増、原薬等のサプライチェーンに起因する問題など。
  • ③経済的要因:競争環境、市場規模、価格引き下げなどによる商業的撤退など。
  • ④製品サプライチェーン:非効率な物流。

これらの要因に加え、時間的要素(短期、長期の一時的な中断か、永久的な撤退か)ならびに地理的要素(局地的、全国的、グローバル)についても分けて考える必要がある。

欧米豪における医薬品供給不足への取り組み

 2013 年度調査当時、わが国では、ジェネリック医薬品の個別企業による欠品や商業的撤退などが 問題にされていたが、欧米においては、すでにサプライチェーンの問題などによる供給不足が大きな議論となっており、様々な取り組みが行われていた。そこで、欧米ならびにオーストラリアにおける医薬品供給不足への取り組みについて、新型コロナに対する対応なども含め、紹介する。

1.米国

(1)医薬品供給不足への取り組み
 米国では、1990年代から医薬品供給不足が問題となっていた。米国では、医療用医薬品についても公定価格が存在せず、特に特許切れ製品では、市場競争によって価格が下がり、行き過ぎた価格競争による採算割れなどで企業数が減少する。逆に、寡占市場となるとジェネリック医薬品であっても、価格が大幅に上昇したりもするし、供給不足も生ずることになる。
 米国連邦医薬品食品局(FDA)は、2013年から2017年までのデータを分析し、その5年間で供給不足のあった163種類の63%(103種類)が無菌注射剤、67%(109種類)がジェネリック医薬品であったとしている5)。分析に基づいて、供給不足の根本的要因(rootcauses)としては、利益が少ない医薬品を企業が提供するインセンティブが不足していることをはじめ、経済的要因の占める割合が高いことを指摘している。
 医薬品供給不足が深刻な問題となっていたことから、「FDA安全及びイノベーション法」に基づき、製薬企業は先発医薬品、後発医薬品を問わず、FDAに対し、供給不足が発生した製品の名称、供給不足の理由、期間を報告することが義務付けられている。(https://www.accessdata.fda.gov/scripts/drugshortages/)。また米国ヘルスシステム薬剤師会(ASHP)でも独自に供給不足情報を収集しており(http://www.ashp.org/menu/DrugShor-tages)、薬剤師による代替薬選択の意思決定などに用いられている。

(2)新型コロナ下での医薬品供給
 医薬品原薬の海外への依存度が年々高まっており、2019年の分析では、90%近くの原薬等が米国以外で生産されており、中国・インドが45%に達するとされる6)。新型コロナによって、行き過ぎた海外依存への懸念が高まり、トランプ政権は、特定の必須医薬品等を米国内で製造することを義務付ける大統領令を準備しているほか、連邦保健福祉省はバージニア州のベンチャー企業フロウ社と新たな契約を締結したとされる。
 FDAによれば、医薬品について企業と連絡を取り合っており、予想される供給不足について、アセトアミノフェンを含む20の医薬品を特定した(2020年2月)7)

2.欧州

(1)医薬品供給不足への取り組み
 欧州においても、コロナ以前からサプライチェーンの脆弱性が指摘されていた。2008年の欧州共同体のレポートでは、ジェネリック医薬品原薬の90%が中国、インドから供給されていると指摘されていたとされる8)。それでも、欧州では、米国に比べて医薬品供給不足に対する取り組みが立ち遅れていた。そこで、欧州議会では、2017年に医薬品供給不足についての原因分析、必須医薬品リストの作成、報告システムの導入等を各国に求めることとし、各国は、当該国での医薬品供給不足のデータベースを作成し、公開している。(https://www.ema.europa.eu/en/human-regu-latory/post-authorisation/availability-medicines/shortages-catalogue)。
 医薬品供給不足は、基本的にEU各国の規制当局レベルで対応されているが、複数にまたがる国が関わる問題に対してなどは、EMAや欧州医薬品規制ネットワークが関わることもある。また、新型コロナによる潜在的な医薬品供給不足は、EMAが不足を評価し、情報を提供している。

(2)新型コロナ下での医薬品供給とガイドライン
 欧州病院薬剤師会(EAHP)の2019年11月から2020年1月の医薬品供給不足に関する分析では、抗菌薬(63%)、抗腫瘍薬(47%)、麻酔薬(38%)の供給不足があり、ケアまたは治療の遅延(42%)、最適ではない治療(28%)、ケア中止(27%)、入院期間延長(18%)などの問題が生じていたとされる9)
 2020年4月、欧州委員会は、「COVID19アウトブレイク時に医薬品供給不足を回避し、ヨーロッパ全体で調整されたアプローチを確立するためのガイドライン」を公表した10)。ガイドラインでは、新型コロナの下で必要とされる必須医薬品の供給を確保する上での重要な課題として、以下の4項目を示している。

  • ①連帯:国家間での輸出制限や国家備蓄を避けることや、国民の過剰な個人備蓄につながる情報の回避
  • ②供給確保:生産増加とサプライチェーンの再編、企業の操業継続支援、規制の柔軟性(代替薬承認スピードなど)、在庫監視システム、卸サポート、輸送システム整備、航空貨物等の輸送力確保、病院・薬局への公正な供給
  • ③病院での最適薬物使用:利用可能な医薬品の公正な分配、治療プロトコールの病院間での共有、国のガイドラインに基づく代替薬の検討、有効期間の延長、動物用薬の利用検討、適用外・臨床試験での利用
  • ④買い占めを避ける薬局販売:過剰な購入を防ぐための患者への安心の提供、購入量制限の導入、供給不足リスクの高い医薬品のオンライン購入の制限

 本ガイドラインでは、国家間の連帯や、医療機関、薬局での公正な備蓄や効率的な医薬品使用などにも言及しており、参考とすべき点が多い。

3.オーストラリア

(1)医薬品供給不足への取り組み
 オーストラリアは、自国の製薬企業がほとんどないため、医薬品供給の90%以上を輸入に頼っており、常に医薬品供給不安にさらされてきた。供給不足情報のWebサイトが2014年に開設されたが、より最新の情報を提供するために、医薬品行政局(TGA)は2018年3月に医薬品不足に対する新しいプロトコールを発表した11)
 このプロトコールは、潜在的な供給不足の特定と管理原則を示し、企業が全ての不足情報のTGAに対する報告を義務化することにより、オーストラリアの医薬品不足の管理と医療関係者間のコミュニケーションを改善することを目的としている。対象となる医薬品は、全ての処方箋薬と病院薬であり、特に医療上重要な「監視リスト」成分も規定されていて、一部の一般用医薬品についても必須の対象としている。代替薬についても規定されており、代替薬がオーストラリアで承認されていない場合でも、海外からの輸入を可能とするよう関連法も改正された。企業の経営的判断による供給停止で健康に重大な影響を及ぼす可能性がある場合は、少なくとも12カ月以上前にはTGAに通知することとなっている。企業は、このプロトコールに沿って、2019年1月から全ての供給不足をTGAに報告し、医療上の重要な影響があると評価された情報については、強制的に公開される。
 報告と評価プロセスについては、供給不足について企業からTGAに報告し、報告書には影響度の予測も含まれる。この報告書に基づき、TGAにおいて関連する専門家(医師や薬剤師など)により影響評価分析が行われ、その分析結果とともに、在庫状況や代替薬に関する情報通知が行われる。情報はWebサイトに公開され(https://apps.tga.gov.au/prod/MSI/search/)、企業は関係者への情報提供と不足解消のための管理戦略を実施することが求められる。

(2)新型コロナ下での医薬品供給
 2020年3月上旬に医薬品の需要が高まったことにより、薬局ならびに卸業者の在庫が品薄状態となった。そこでオーストラリア薬剤師会、薬剤師ギルト(経営者)協会、ならびに保健省との協議に基づき、薬局において、特定の処方薬の調剤を1カ月に制限すること、特定の一般用医薬品の購入数量を1パッケージに制限することを合意した。医薬品全体についても、同様の調剤ならびに供給についても制限することを推奨している。
 調剤制限処方薬としては、供給の中断が深刻な健康上の問題を引き起こす可能性のあるものが示されているほか、特に新型コロナにより需要が増加する可能性のあるものとして、サルブタモールおよびテルブタリン吸入薬をはじめとする喘息、COPD治療薬、抗生物質、インフルエンザ治療薬(オセルタミビル、ザナミビル)、インフルエンザならびに肺炎球菌ワクチン、在宅酸素などが示されている。また、非処方箋薬についても、小児用アセトアミノフェン(パラセタモール)を消費者が直接取れない場所への配置とすることなど、新たな規制も導入された12)

わが国への示唆

 わが国では、原薬等の海外依存が大きな問題として議論となっているが、諸外国では、1990年代からさまざまな要因により供給不足はあり得るものとして、対策が取られてきた。
 情報共有(データベース)の仕組みは、各国で導入されており、データベースに含める医薬品リストや優先順位、代替薬情報などについて議論の参考にすべきと思われる。一方で、医療機関、薬局の「買い占め」や患者の個人備蓄も懸念される。欧州ガイドラインにも病院や薬局への「公平な割り当て」が示されているが、情報共有の方法と流通についての具体的な手段の議論も必要である。
 医薬品の供給ひっ迫においては、サプライチェーンの再編により、供給確保を講ずることが重要である。欧米でも自国製造回帰の議論が高まっているが、失われた製造設備や技術、環境対策などや、それらに関連するコストも考慮し、実現可能性とともに他の政策も検討しておくべきである。
 2019年のセファゾリンのような長期の医薬品供給不足が今後も生ずる懸念がもたれる。国全体の在庫監視や効率的な使用、代替薬利用なども含めた対応策も検討すべきである。特に、医療現場では、患者の安心確保や医療機関間でのプロトコールなど、医薬品使用の効率化について、わが国においてもさらなる議論が必要であろう。

参考資料
1)厚生労働省医政局経済課:平成25年度「後発医薬品の産業振興及び安定供給確保対策事業」報告書(2014年3月)
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10800000-Iseikyoku/0000096678.pdf
2)DeWeerdtE,etal.TowardaEuropeandefinitionforadrugshortage:aqualitativestudy.FrontPharmacol.
2015,6:253.
3)WHO:TechnicalDefinitionsofShortagesandStock-outsofMedicinesandVaccines(2017).
http://apps.who.int/medicines/areas/access/Meeting_report_October_Shortages.pdf
4)AESGP,EFPIA,GIRP,MedicineforEurope,Vac-cinesEurope:Addressingtherootcausesofmedicines
shortagesSupplychainStakeholdersʟviewsonrootcausesandsolutions(2019).
https://www.efpia.eu/media/413378/addressing-the-root-causes-of-medicines-shortages-final-051219.pdf
5)FDA:DrugShortages:RootCausesandPotentialSolutions(2019).
https://www.mhlw.go.jp/content/10807000/000613173.pdf
6)NerimanBesteKaygisiz,etal.:TheGeographyofPrescriptionPharmaceuticalsSuppliedtotheU.S.:Levels,
TrendsandImplications.NBERWorkingPaperNo.26524,NationalBureauofEconomicResearch(2019).
https://www.nber.org/papers/w26524
7)FDA:Coronavirus(COVID-19)SupplyChainUp-date.
https://www.fda.gov/news-events/press-announce-ments/coronavirus-covid-19-supply-chain-update
8)CommissionoftheEuropeanCommunities:ImpactAssessment(2008)
https://eur-lex.europa.eu/legalcontent/EN/TXT/PDF/?uri=CELEX:52008SC2674&from=EN
9)EAHP2019MedicinesShortagesSurvey.(2019)
https://www.eahp.eu/practice-and-policy/medicines-shortages/2019-medicines-shortage-survey
10)EuropeanCommission:GuidelinesontheOptimalandRationalSupplyofMedicinestoAvoidShortages
duringtheCOVID-19Outbreak(2020).
https://ec.europa.eu/info/sites/info/files/communication-commissionguidelines-optimal-rational-supply-medicines-avoid.pdf
11)TGA:Managementandcommunicationofmedicine-shortagesanddiscontinuationsinAustralia.-Guidance
forsponsorsandotherstakeholderbodies(2019).
https://www.tga.gov.au/book/export/html/872589
12)TGA:COVID-19limitsondispensingandsalesatpharmacies-Informationforconsumers.
https://www.tga.gov.au/media-release/covid-19-limits-dispensing-and-sales-pharmacies


国際医薬品情報(2020年7月13日)より転載

 

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