「MID-NET について」
MID-NET(Medical Information Database Network)とは国の医療情報データベース基盤整備事業で構築されたデータベースシステムで、国内の 10 拠点 23 病院が保有する電子カルテやレセプト(保険診療の請求明細書)等の電子診療情報をデータベース化して、それらを解析するためのシステムです。MID-NET の構築・運用にあたっては、国費、企業が支払う安全対策拠出金、そして利用料を充てる仕組みとなっています。
PMDA は、医薬品の安全対策等に役立てるために、PMDA の他、製薬会社及び研究者等が利活用できる環境を構築し、2018 年 4 月より本格運用を開始しました。
従来型の安全対策の限界点
新医薬品、ジェネリック医薬品問わず、医薬品の製造販売業者は、MR 等を介して医療関係者から有害事象情報を収集し、医薬品による副作用が疑われる場合は法に基づき厚生労働大臣へ報告する義務が課せられています(企業報告)。また、医療関係者は医薬品の投与によって発生した副作用が、保健衛生上の危害発生又は拡大を防止するため必要があると認める場合は法に基づき厚生労働大臣へ報告することが求められています(医療機関報告)。これら医療関係者の自発的意思に基づき報告される副作用(自発報告)は、医療関係者が副作用と疑わなければ製薬企業や国に報告されることはありません。また、どれ位の患者に医薬品を投与し、どれ位の患者に副作用が発生したのか、当該副作用をどの程度注意しなければならないかの判断の一つとなる発生頻度を得るために必要な分母となる情報を収集することができません。また、新医薬品が再審査期間中に実施する使用成績調査は、自発報告と異なり分母となる情報が得られる反面、ある仮説を検証するのに、比較対照群がない一般使用成績調査から得られる結果は信頼性の点で劣るとのジレンマがあります。例えば A の要因を持つ患者(小児)に B(薬剤)を投与したときに C の副作用(アキレス腱断裂)が発現しやすい、という仮説を検証しようとするならば、小児の患者を 2 群に分け、片方の群(D 群)には薬剤 B を投与、もう片方の群(E 群)には薬剤 B を投与せず観察し、D 群で有意にアキレス腱断裂の副作用が発現することを確認しなければなりません。自発報告や使用成績調査で観察された副作用について、薬剤と副作用の真の因果関係の証明は大変難しい判断になります。
GPSP 省令改正
再審査期間中に実施される製造販売後調査は、従来のGPSP省令で製造販売後調査等の種類として使用成績調査、特定使用成績調査、製造販売後臨床試験が規定されていました。使用成績調査、特定使用成績調査は、上述した限界点がありますし、調査票に必要情報等を記入する医療機関の負担や製造販売後に試験を実施する製薬企業にとっても様々な負担が生じることから、これらの合理的な実施方法については課題となっていました。調査によって明らかにしなければならない事項(リサーチクエスチョン)に応じて調査手法を選択する、その選択肢を増やすべきではないか、との意見は従来から各方面より提起されていました。MID-NETをはじめとした医療情報データベースを活用した疫学研究が製造販売後調査の一手法として活用できるよう、2017年10月、GPSP省令が改正されました。改正により使用成績調査(一般使用成績調査、特定使用成績調査、使用成績比較調査)、製造販売後データベース調査、製造販売後臨床試験が規定されました。
副作用の特定とバリデーション
MID-NETをはじめとした医療情報データベースを用いて製造販売後調査を実施する場合、アウトカム(副作用など)をどのように検出するのかが課題となります。従来型の使用成績調査であれば、調査票に副作用記載欄があります。しかし、医療情報データベースには「副作用」の項目はありません。従って、いくつかのシグナルを掛け合わせてアウトカム(副作用)を特定しなければなりません。例えば「急性腎不全」という副作用をDBから検出するためには、疾病名や治療薬、検査値などを上手く組み合わせて特定する必要があります。またこの組み合わせが正しいことを保証するため、アウトカム定義のバリデーションが求められます。2020年7月、「製造販売後データベース調査で用いるアウトカム定義のバリデーション実施に関する基本的考え方の策定について」が発出され、アウトカム定義バリデーションの考え方が示されました。また、AMED研究班によりアナフィラキシーをはじめとした21の事象についてアウトカム定義の検討が行われており、検討が終了した事象についてはMID-NET利用者に提供されています。
MID-NET の課題
製造販売後安全対策及び製造販売後調査への利活用が期待されるMID-NETですが、現時点では利用実績が伸び悩んでいるのが現実です。2018年4月から2020年11月までの利用実績ですが、製薬企業による製造販売後調査での利活用が4品目、行政による利活用が72調査に留まっています。製造販売後調査での利活用の伸び悩みによりMID-NETの運営は大幅な赤字となっています。製造販売後調査でMID-NETが利活用されない理由としては、データ規模が小さい、大学病院を中心としたDBで患者集団に偏りがある、クリニックなどの小規模施設中心に使用される薬剤では情報が得られない、利活用の手続が繁雑である、データの取扱い制限が厳しくハードルが高い、などがあります。MID-NETを所管するPMDAでは、製薬企業による利活用を増やすため、MID-NET改善策の3本柱を策定してMID-NETの運用を推進しています。(1)将来像の明確化:データ規模拡大のためのロードマップ策定と要件の検討(2)利便性の向上:MID-NETの利活用に関するガイドラインの改定をはじめとした制度面の改善(3)行政利活用の活性化:安全対策におけるDB利用スキームの明確化と実績創出
例えば、患者規模の拡大についてはMID-NETの協力医療機関を拡充すると共に外部DBとの連携を進め、1000万人規模のデータを利用可能とすることを目指しています。
ジェネリック医薬品と MID-NET
ジェネリック医薬品においても承認申請時にRMPを策定する必要のある品目が増加してきました。また、RMP策定以前から実施されている安全対策も複数あります。これら品目で行われている追加のリスク最小化活動の実効性を評価するとき、アウトカム評価とプロセス評価の両面からアプローチする必要があります。薬剤投与によって急性腎障害が発現する薬剤において、推奨される腎機能検査の頻度を適正使用情報に記して情報提供した場合、アウトカムは情報提供の前後で腎機能障害の発生件数を比較すれば評価できます。一方、腎機能障害の発生件数が減少したのは、情報提供によって腎機能検査が適切な頻度で行われた結果であることを確認するためにはプロセス、すなわち腎機能検査の実施状況を確認しなければなりません。アウトカム評価だけでは、腎機能検査が適切に実施されたから副作用の発現件数が減少したのか、それともたまたま副作用が発現しなかったのか、分かりません。アウトカム評価だけで追加のリスク最小化活動の縮小や終了を議論すると、場合によってはこれまで抑制されていた副作用が再び増加に転じることも考えられます。現在の枠組みでプロセス評価を行うためには、医療機関に臨床検査の実施状況をアンケートするしか方法はなく、多大な労力が医療機関、製薬企業双方にかかります。MID-NETは臨床検査値もDBに格納されています。例にあげた腎機能検査であれば、DBから実施頻度を入手することも可能と考えられます。
最後に
ジェネリック医薬品は、先発医薬品との生物学的同等性が証明されなければ承認されません。生物学的同等性試験は異なる製剤間の差を比較することに主眼をおいた試験ですが、先発医薬品とジェネリック医薬品を比較して、同等であることが証明される重要な試験になっています。この生物学的同等性試験は製剤間の差を明確に確認するため、健康成人を対象に試験が実施されます。そのため、実際の患者さんには承認後に初めて使用されることになります。そのため、承認後一定期間、臨床現場での使用状況を見てからジェネリック医薬品の使用を開始する医療関係者もおられるようです。MID-NETをはじめとしたリアルワールドデータ(RWD)により、実臨床での使用実態下でのジェネリック医薬品が評価されることは、一部の方がお持ちになるジェネリック医薬品の漠然とした不安解消には有益な情報になるのではないかと考えます。MID-NETをはじめとしたRWDの利活用の拡大に期待します。