編集後記
今年もあとわずかとなった。
2019 年 12 月初旬から、わずか数カ月ほどの間に世界的な流行となった新型コロナウイルス感染症(COVID-19)も、2021 年 9 月以降、新規陽性者数が急速に減少し、日常がすこしずつ戻りつつある。
コロナ禍において、世界各国で多くの人が集まる都市施設の閉鎖、人数制限等を躊躇なく実施してきた。
その際に、強制的な政策執行の理由として掲げられたのが、人々の生活において「不要不急」な行動を
制限するというものである。
その中で、各国の措置に必ず含まれたのが、劇場、ホール、アリーナなどの施設、アートを展示鑑賞するための美術館やギャラリーなどの施設の閉鎖である。言い換えれば、これらの表現を行う、また鑑賞体験を行う行為は、「不要不急」であると断じられたのだ。
新型コロナウイルス感染症感染拡大前の 2019 年前半(2018.10.17 - 2019.02.11)、アメリカ初の近代美術館の創始者 Duncan Phillips(ダンカン・フィリップス)氏によるコレクションの展覧会が三菱一号館美術館で催された。その展覧会最初の挨拶の文では、ダンカン・フィリップス氏の言葉が紹介されていた。
《芸術の恵みは二つの感情を促してくれることだ。それは肯定する気持ちと逃避する気持ち。どちらの感情も私たちを自己の限界から解き放してくれる。私が極めて苦しい状況に陥った時ふと、私は再び巡り来る人生の喜びを忘れずにいる事と、私には芸術家の夢の世界へ逃避したい気持ちがあることを表現できるような何かを生み出そうと思いついた。私は絵画のコレクションを作ろうと思った。芸術家がモニュメントや装飾を作るときと同じように、全体像をイメージしながら一つ一つのブロックを正しい位置に積んでいくようにして。》
会場のあちこちにダンカン・フィリップス氏の作品への寸評や画家への想いが掲げてあり、最後には下記の言葉が。
《絵画は、私たちが日常生活に戻ったり他の芸術に触れたりしたときに、周囲のあらゆるものに美を見出すことができるような力を与えてくれる。このようにして知覚を敏感に鍛える事は決して無駄ではない。私はこの生涯を通じて人々がものを美しく見ることが出来るようになるために、画家たちの言葉を人々に通訳し、私なりにできる奉仕を少しずつしてきたのである。》
この展覧会閉幕の数か月後、世界は未曽有のパンデミックに見舞われ、芸術活動は「不要不急」と制限されることとなる。
実は筆者の趣味は絵画と古典音楽鑑賞であるため、かつての愉しみがすべて消えてしまっていた。確かになくても死ぬことはないが、心はどこかに旅立ってしまったような日々だった。今年になり、1年延期されたショパンコンクール、内田光子、キーシンなど名だたる演奏家のリサイタル、鈴木其一展、ゴッホ展など、心満意足の日々を送っている。
戻りつつある日常の中で、改めて芸術の価値について考える年末としたい。