ジェネリック医薬品と特許
本稿では、まず、医薬品関連特許の種類を説明し、次に、ジェネリック医薬品の製造販売承認申請(以下、「申請」という)から製造販売に至る過程において、これらの特許がどう関わるのかを説明いたします。
特許の種類
医薬品に関連する特許の種類としては、物質特許、用途特許、用法用量特許、製剤特許、配合剤特許、併用特許、結晶特許、製法特許などがあります。これらは、権利範囲を限定する要素の種類によって慣習的に呼び習わされているものです。
「物質特許」とは、物質(有効成分)の構造のみによって権利範囲を限定する特許を言います。 「用途特許」とは、対象疾患によって権利範囲を限定する特許を言います。用法用量によって権利範囲を限定する「用法用量特許」も「用途特許」の一種ですが、近年になって認められるようになった種類の特許なので、従来の用途特許とは分けて呼ばれることがあります。夫々、従来の用途特許は医薬品の効能効果に対応する特許、用法用量特許は医薬品の用法用量に対応する特許とイメージすると分かりやすいと思います。
「製剤特許」とは、製剤技術によって権利範囲を限定する特許を言います。
「配合剤特許」とは、その製剤が含有する複数の有効成分によって権利範囲を限定する特許を言います。
「併用特許」とは、一緒に使用する複数の有効成分によって権利範囲を限定する特許を言います。
「結晶特許」とは、物質の結晶構造によって権利範囲を限定する特許を言います。
「製法特許」とは、物質の製法によって権利範囲を限定する特許を言います。
ご参考までに、これらの医薬品関連特許の典型的なクレーム文言(特許の権利範囲を定めるもの)を下表に示します。
主な医薬品関連特許の種類 | 典型的なクレーム例 |
---|---|
物質特許 | 下記式で評される化合物(有効成分)。 |
製法特許 | 物質Xと物質Yを反応させて有効成分Aを製造する方法。 |
用途特許 | 有効成分Aを含有する〇〇疾患の治療剤。 |
用法用量特許 | 〇〇の症状を有する患者に、1回あたり◯mg~◯mgの有効成分を 1日1回投与する、〇〇疾患の治療剤。 |
製剤特許 | 有効成分A,崩壊剤B、及び結合剤Cを含有する圧縮固形製剤。 |
配合剤特許 | 有効成分Aと有効成分Bを含有する◯◯疾患治療剤。 |
併用特許 | 有効成分Aと有効成分Bを組み合わせて使用する〇〇疾患の治療剤。 |
結晶特許 | CuKα粉末X線回析において、 4.9°、6.1°、7.7° の回析角を有する有効成分Aの結晶。 (結晶構造をX線回析角で規定している。) |
ジェネリック医薬品は、これらのすべての医薬品関連特許を侵害しないように製剤設計されますが、回避できない特許については、特許期間の満了後、又は、特許無効審判請求等により無効であるとの確証が得られた後に発売されます。
ジェネリック医薬品の申請から製造販売に至る過程
次に、これらの特許が、ジェネリック医薬品の申請から製造販売に至る過程に、どう関わるのかを説明します。
ジェネリック医薬品は、再審査期間1が終了した翌日以降に申請可能になります。再審査期間は、先発医薬品の種類によって異なりますが、新有効成分を含有する先発医薬品の再審査期間は8年間になります。
イメージしやすいように具体的な日付を入れて全体の過程をご説明しますと、2010年5月7日に製造販売承認(以下、「承認」という)された新有効成分含有医薬品の再審査期間は2018年5月6日に終了し、2018年5月7日以降に、ジェネリック医薬品の申請が可能になります。そして、申請されたジェネリック医薬品は約1年間の審査期間を経た後に、原則として最初に到来する2月15日又は8月15日に承認されます。上記の場合、2018年5月7日に申請したジェネリック医薬品は、申請内容に問題がなく、障害となる物質特許や用途特許がなければ、2019年8月15日に承認されることになります。
このように、障害となる物質特許や用途特許がなければ、再審査期間終了後に、すみやかにジェネリック医薬品の申請をすることにより、申請の約1年~約1年6か月後に承認されます。「サンエイレポート 2020 ~24年販売候補品目」2(株式会社サンエイファーム)に記載された低分子医薬104品目について我々が行った集計によると2020年~ 2024年にジェネリック医薬品の承認取得が可能と見込まれた品目104品目中47品目(45%)が、再審査期間終了を律速因子として、ジェネリック医薬品の承認を取得できる製品でした。
1 再審査期間は、薬機法第14条の4第1項で規定され、具体的な運用が、令和2年8月31日付け薬生薬審発0831第16号通知において、様々な場合について定められており、例えば、希少疾病用医薬品に指定されると10年間の再審査期間になります。
2 先発医薬品について、物質特許、用途特許、その他の特許、及び再審査期間終了日を見やすく纏めて、ジェネリック医薬品の承認取得可能と見込まれる時期の順に綴った市販の冊子です。
しかし、一方で、残りの55%のジェネリック医薬品は、さらに、物質特許及び用途特許の満了、又はこれらの特許に対する無効審決を待ってから承認されることになります。このルールは、平成6年10月4日付け薬審第762号審査課長通知と、これを一部改正した平成21年6月5日付け医政経発第0605001号・薬食審査発第0605014号経済課長・審査管理課長通知に基づいて運用されています。
ジェネリック医薬品の承認審査項目には、安定供給の担保を目的として、物質特許及び用途特許の有無を確認することも入っていますので、ジェネリック医薬品の承認日に物質特許及び用途特許が存在しないこと、又は、満了していることが、ジェネリック医薬品の承認要件となります。また、物質特許及び用途特許の満了前であっても、予め特許実施許諾を得ている場合や、無効審決等を得ている場合には、その旨を示すことにより、ジェネリック医薬品の承認を得ることができます。物質特許に対して無効審決が出ることは稀なため、無効審決によってジェネリック医薬品の承認を得るのは、実際上は用途特許に対する無効審決によって承認を得る場合になります。また、予め特許実施許諾を得ている場合というのは、いわゆるオーソライズドジェネリックの場合や、特許権者が柔軟に対応して特許実施許諾を行った場合などになります。
そして、医療用医薬品の大半を占める、保険適用される医薬品の場合、ジェネリック医薬品の承認日から約4か月後に薬価収載されて健康保険による償還の対象として販売することが可能になります。
しかし、ジェネリック医薬品の発売後に、先発企業等と特許侵害訴訟となり、製造販売の差止や損害賠償を求められることがあります。特に、差止請求は、差止仮処分の申し立てとしてなされ得ることも相俟って、ジェネリック医薬品の安定供給にとって大きな脅威となります。損害賠償も、これが認められれば、ジェネリック医薬品企業にとって甚大なダメージとなります。
無効審判
そのため、ジェネリック医薬品企業では、開発初期の段階から、綿密な特許調査を行い、特許を回避した製品を開発しています。しかし、特許侵害か、非侵害かについては、先発医薬品企業とジェネリック医薬品企業で認識の分かれることがあり、認識の相違する先発企業から侵害訴訟を提起される場合があります。
そこで、少しでも侵害訴訟を提起されるリスクがある特許については、たとえ小さいリスクであっても、侵害と判断されてジェネリック医薬品が供給停止に陥るリスクをなくすために、予め、特許無効審判を請求して特許庁や知的財産高等裁判所の判断を確かめることになります。
しかし、医薬品関連特許に対する無効審判の審理期間を直近10年分の44件の医薬品特許無効審判について計数してみると、短いもので8か月、長い場合には3年6か月もかかっていました3。また、特許無効審判の審決については、さらに知的財産高等裁判所に提訴することができます。上級審である審決取消訴訟の審理期間についても、直近10年分の17件の医薬品特許の無効審判の審決取消訴訟について計数してみると、短いもので10か月、長いものでは1年9か月かかっていました4。
その上、知的財産高等裁判所が審決を取り消した場合には、特許庁に差し戻されて無効審判の審理をやり直します。特許庁と裁判所の間で何往復もして、なかなか結論が出ないこともあります。
例えば、オロパタジン点眼液の用途特許に対する無効審判では、無効審判請求から、3回の審決、1回の訂正審判、4回の審決取消訴訟、3回の上告を経て、審決確定するまで10年間を要しました。
無効審判には長い年月を要します。
3 エルデカルシトール用途、オキサリプラチン製剤、オロパタジン用途、カルベジロール用途、カンデサルタン/アムロジピン配合剤、セレコキシブ製剤、デクスメデトミジン用途、ナルフラフィン用途、ピタバスタチン結晶、ピタバスタチン製剤、フィナステリド用途、フェキソフェナジン用途、フェブキソスタット結晶、プレガバリン用途、ラベプラゾール用法用量、ラロキシフェン用途、リセドロン酸用法用量、ロスバスタチン物質、炭酸ランタン製剤、炭酸ランタン結晶の特許に対する無効審判。1つの特許に複数の無効審判があるので合計44件となった。
4 オキサリプラチン製剤、オロパタジン用途、カルベジロール用途、セレコキシブ製剤、デクスメデトミジン用途、ナルフラフィン用途、ピタバスタチン結晶、フィナステリド用途、フェブキソスタット結晶、ラベプラゾール用法用量、ラロキシフェン用途、ロスバスタチン物質、炭酸ランタン結晶、炭酸ランタン製剤に関する特許に対する無効審判の審決取消訴訟。1つの特許に複数の無効審判・審決取消訴訟があるので合計17件となった。
特許係争
さらに、予め、無効審決を得てからジェネリック医薬品を上市した場合であっても、特許権者は、さらに知的財産高等裁判所で特許の有効性を争いつつ、並行して特許侵害訴訟を提起することができます。
また、近年では、ジェネリック医薬品の申請時には、障害となる特許が存在しなかったにもかかわらず、ジェネリック医薬品の承認後に、障害となる特許が姿を現すことがあります。このような場合も、特許侵害を主張する先発企業と、非侵害と認識するジェネリック医薬品企業が、裁判所で争うことになります。
無効審決が確定すれば、無効にされた特許は登録時に遡って消滅しますので心配はなくなりますが、上記のとおり、特許無効審判には長い年月を要します。
このように、ジェネリック医薬品の開発段階から申請、製造販売に至る過程において、綿密な特許調査を行って無用な特許係争が発生しないように努めていますが、やむを得ず特許係争となることがあり、一旦特許係争になったら、ジェネリック医薬品の製造販売を差し止められることが無いように全力を尽くすことになります。
長い年月を要する無効審判、避けようがない特許係争など、多くの課題がありますが、私たちは、今後も、患者様に手ごろで安心なジェネリック医薬品を持続的に届けられるよう、特許課題の解決に努めてまいります。