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月刊JGAニュース

長期収載品の情報消失問題  選定療養で加速のおそれ  

株式会社じほう 報道局 海老沢 岳 氏

 10月から、長期収載品の選定療養費制度が始まった。これにより後発医薬品の使用率がさらに高まる見通しだ。一方で、先発医薬品メーカーの長期品はシェアが下がるため、採算面が悪化し、市場から撤退する可能性が高まる。こうした中、医療関係者の間では「長期品が持つ添付文書や医薬品インタビューフォーム(IF)の情報の多くが失われてしまう」との懸念が高まっている。

 先発品と後発品では、添付文書やIFの情報に格差がある。先発品は開発段階の前臨床試験から、臨床試験、製造販売後調査まで多岐にわたる情報を集め、添付文書やIFに集約している。だが後発品の情報は、生物学的同等性試験などに限られてしまう。そのため福井大医学部付属病院の後藤伸之教授・薬剤部長は「後発品は圧倒的に情報量が少ない」と指摘する。

 厚生労働省医薬局は、後発品の添付文書の一部に先発品の記載内容を引用することを認めるなどの対策を講じている。そのかいもあって添付文書の情報格差は是正されつつあるが、IFについては問題が解決されていない。薬剤師の間では、後発品で困り事があると、真っ先に先発品メーカーのホームページを見にいくのが通例になっているという。

●承認整理後、企業の義務はなくなる

 先発品と後発品の両方が存在すれば、情報格差の問題にも対処できる。だが、先発品メーカーの長期品が市場から撤退した場合はどうなるのか。G1ルールと市場撤退スキームが導入されてから6年がたち、後発品と同じ価格の長期品も現れている。一部では、撤退スキームで薬価削除に至った医薬品も出始めた。

 バイエル薬品の抗真菌剤「エンペシド腟錠」は2024年3月末に経過措置を終え、薬価削除された。バイエルの医療関係者向けサイトには、まだ添付文書とIFが残っているが、同社は「順次、削除する予定」だとしている。医療関係者からの情報提供要請には適切に対応する方針だが、いつまで掲載を続けるのかは不明だ。

 医薬安全対策課によると、製薬企業には副作用などの新たな情報が発生した際に、添付文書やIFなどを更新・公表する義務が課せられている。ただ薬価削除し、承認整理した後には、この義務はなくなる。そのため自社と医薬品医療機器総合機構(PMDA)のホームページに掲載されている添付文書などの情報は、企業の判断で削除できるという。

●選定療養で撤退加速、現場に危機感

 10月には長期品の選定療養が始まる。長期品も扱う後発品メーカーの関係者は、「長期品の製造工場はもともと老朽化しており、先行きも不透明なため、設備投資もままならないところが多い」とし、選定療養の導入で長期品の市場撤退が加速すると予想する。

 浜松医科大医学部付属病院の川上純一教授・薬剤部長は今後、長期品の販売中止が起きる可能性を指摘した上で、「新薬メーカーが革新的新薬で収益を上げながら、細々とでも長期品の販売を続けるのが理想。仮に長期品の販売を中止した場合には、PMDAなどの公的団体に移管する方策を取ってほしい」と話す。後藤教授も「PMDAのホームページで『何年何月時点の情報』とただし書きを付けて掲載を続けることはできないのか」と要望する。

●消失後では手遅れに

 医療関係者からこうした声が上がる中、医薬安全対策課は日刊薬業に対し、「何らかの形で情報を残してほしいという要望があるのは厚労省もPMDAも認識している」と回答。その上で「長期品情報の掲載を続けるとしたら、他の場所に移して管理する必要があり、そのための人員や予算が必要になる」とし、今すぐに対応するのは難しいとの認識を示した。

 製薬企業有志の集まりである日本エスタブリッシュ医薬品研究協議会(JEMA)は23年5月、長期品の販売を中止した後の情報保護を求める提言を出したが、医療界の大きな流れにはなっていない。

 記者が厚労省内でこの問題を取材したところ、副作用情報を扱う医薬安全対策課は当然把握していたが、別の課の薬系技官からは「医療関係者から要望を聞いたことはない」との声も聞く。医薬品の供給不足問題に比べると、情報を収集できている現時点では、まだ危機感が伝わりにくいのだろう。

 だが、この問題は対応を急ぐ必要がある。長期品が市場から撤退し、情報が失われた後では手遅れだ。今後も医薬品情報にアクセスできるような具体策を、産官学で考える時期に来ているのではないか。