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月刊JGAニュース

医薬品不正製造防止について  

熊本保健科学大学
品質保証・精度管理学共同研究講座
特命教授 蛭田 修 氏

 ここ数年、ジェネリック医薬品を中心とした医療用医薬品の欠品や出荷調整によって、適切な医療の提供に支障をきたしかねない事態が続いている。この発端となったのは、2019年に発生したセファゾリンの欠品であろう。これは海外からの原薬の供給が滞ったことが原因とされている。一方、2020年末から2021年初頭にかけて明らかとなった小林化工、及び日医工の不正製造以降、複数の後発医薬品メーカーで発生した不正製造問題では、当該のメーカーの製品回収や出荷停止処分等により、そのメーカーの製造する製品に欠品が生じたことが大きな要因と言われている。いずれの場合においても、これらの要因による製品供給の滞りがトリガーとなり、代替品メーカーの製造能力の不足等によって、製品の需給バランスに悪循環が生じ、供給不足に陥ったものと考えられている。

 これらの根本的な背景には薬価制度の問題や、日本における後発医薬品メーカーの産業構造の問題等が指摘されているが、これらの課題については別稿に譲り、本稿ではその一つの大きなトリガーである医薬品の不正製造に焦点を当て、品質保証の観点から防止策について考えてゆきたい。

不正製造の引き金を考える
 一口に医薬品の不正問題と言っても、その原因や理由は様々である。「不正のトライアングル」というモデルが良く知られている。まず「明日までに借金を返済しなければならない」など、不正を行うための「動機」が存在し、そこに「誰にも見られていない」など、その不正を行うことができる「機会」、更には「生きるためだから仕方ない」など、その行為があたかも正しいことであるかのような理由付けが行なわれ(「正当化」)、常態化してしまうという考え方である。医薬品の製造で言えば試験検査データの偽造のような不正等、個人単位の不正に当てはまる。
 一方、例えば化血研の事例などのように、組織ぐるみや上職者からの指示に基づく不正は「不正のトライアングル」では説明し難い。このような組織的な不正は、Ashforth & Anandが2003年に提唱した「不正の常態化理論」で説明することができる。
 不正の常態化理論は「制度化」、「合理化(正当化)」、「社会化」の3つのプロセスから構成される。最初にリーダー自身が不正をしたり、それを追認する寛容な組織風土の下で不正が実践されたりするようになり、それが重なることで不正への抵抗感が低下するなど、不正を容認する文化が形成される(組織構造・過程へ不正の埋め込み)。その結果として、その行動の理由を深く考えることなく、不正を行うようになる(不正のルーチン化)、そのプロセスが「制度化」である。制度化においては、それぞれの段階でその不正の「合理化(正当化)」が伴う必要がある。ここでいう合理化(正当化)は、組織内で(独自の価値観の下で)構築された説明を用いて不正が正当化されるプロセスである。また「社会化」は、ベテランの不正を規範としたり、組織の独特の価値観を受け入れたりするなどして、新規メンバーが不正を許容するよう教育されるプロセスを言う。

これまでの不正製造防止に向けた取り組み
 不正製造問題の解決に向けては、これまでも各製薬団体や行政が協力して医薬品業界の信頼性回復に取り組んできた経緯がある。具体的には経営層のコミットメントやコンプライアンス教育、クオリティカルチャー教育、内部通報制度、適正要員数の確保、また製造販売業者による適切な製造業者管理に関する運用通知の発出等の対応策が行われてきた。これらの対策は、おもに不正のトライアングルの考え方に沿って整理できるものが多い。

不正=性悪説か
 このような組織的な不正の防止策の検討にあたっては、欧米流の性悪説に立脚した対策を検討する(例えばコンプライアンス教育や監視カメラの設置など)ことが一般的ではあるが、筆者は生粋の日本人であり、どうしても性悪説に偏ることに抵抗がある。即ち、この「不正の常態化理論」を性善説から説明することができないだろうか。
 具体的には「制度化」のプロセスにおいて、リーダーが不正の判断の場面で誤ったバイアス(行動経済学から説明される行動特性でいうと、現状維持や損失回避、更には直近の利得を優先しようとする双曲割引等のバイアス)が働いて判断を誤ったのではないか、また組織メンバーは互恵性やリーダーへの同調、多数派行動の社会規範化等のバイアスにより、不正と意識せずに行動していたのではないか、と考えることができるのではないだろうか。そうすると自ずと不正防止策も違ったものとなるのではないだろうか。
 現在、筆者らは、種々の医薬品不正製造に関する第三者委員会や内部調査報告書から、不正製造に至る判断の行動経済学的に説明される行動特性、すなわち判断を誤った際にどのようなバイアスが働いたのかについて調査、検討している。今後はその不適切なバイアスに対して、それを打ち消すような方法、すなわちナッジ(行動経済学を活用して、自発的に望ましい行動を起こさせる手法)を利用して、不正防止策の立案に結び付けることができるのではないかと期待している。

気づき、知識、経験
 一方、日本における最近の不正問題について見てみると、必ずしもその発端は悪意を伴うものではなく、偶発的に生じた不適合を放置してしまった結果として不正製造に発展してしまったケースが多いのではないだろうか。すなわち図らずも生じてしまったSOPからの逸脱や、製造販売承認書と作業実態の乖離に気づかず放置してしまったことが発端となるケースである。これらの場合も早期に気づいて対処すれば何の問題もないが、不適切な状態に気づかない場合や、気づいたとしても適切な対処の方法を理解せず何の措置も行わない場合、またCAPAの方法が分からず放置してしまったり、勘違い等でその不適合の状態を維持することが妥当であると判断がなされると、不正製造に発展することになる。
 またこの段階でも、なぜ気づかなかったのか、不適合を検出する能力が低かったのか、検知しても不適合と認識できなかったのか、気づいても対処の方法が分からなかったのか。更には、早い段階で気づけば何らかの対処はできたのに、気づいた時にはその影響範囲が拡大しすぎていて、担当者レベルでは手の施しようがなかったのか。このように一口に不正製造といっても、その発端やその不適合の状態を放置した原因は様々であり、不正防止策を検討するには、その発端となった事象や、不適合から不正に発展した原因や理由を明らかにし、それぞれの根本原因を明確化する必要があると考える。
 「気づき」の土台はGMPや製造プロセス、承認事項に関する「知識」であり、それに加えて「気づくことができる環境」の整備、及び「経験」が必要である。
 特に「知識」について、当然自社内で定期的に教育訓練は行われていると思うが、東京理科大薬学部の櫻井教授らのチームをはじめ、いろいろな機関がGMP教育の場を提供しており、そのような教育の場を活用することも有効であろう。重要なのは、必要な人が、必要な教育を受けることが出来る仕組みや雰囲気を社内に作ることであり、これは経営者の責務である。
 「気づくことができる環境」とは、5Sが徹底された職場環境とモニタリングである。いつも同じ状態に製造や品質管理の現場を整えていれば、通常と異なる事象が生じればすぐに気付くことが出来る。またモニタリングも同様である、常に定常状態をモニタリングしていれば、異常(定常と異なる挙動)が生じれば、すぐ気づくことができるであろう。
 「改善」には根本原因の追究、リスク評価、CAPA等のツールの体系化と経験が必要である。ツールを体系化することで常に適切に方法を選択することが可能となる。またそれを上手く使いこなすには体系化された方法論が有効であり、更に「経験」することで方法論を自分のこととして身に着けることができると考えている。
 一度大きな失敗を経験した作業者は、同じ間違いを2度と起こさないし、他人が同様な間違いをした場合はすぐに気付くとこが出来る(一部の例外はあるが・・)。それは手痛い経験が暗黙知として刻み込まれるからである。適切な判断をして褒められた場合も同様であろう。このような経験は皆が得られる訳ではないが、経験者の話を直接聞いて、頭の中で疑似体験(シミュレーション)することで、暗黙知として身に着けることが出来るとも言われている。その一つの方法として問題発生、気づき、問題解決、改善を疑似体験することができるワークショップの活用も有効と考える。参加者同士の情報交換により知識を共有し、経験談を聞いて、頭の中で疑似体験として再現できる。またグループで共通の課題に取り組むことで、他の参加者の考え方や方法論も学ぶことが出来る。

3.「知識」、「気づき力」、「改善力」の向上に向けて
 筆者は現在、厚生労働行政推進調査事業費補助金(医薬品・医療機器等レギュラトリーサイエンス政策研究事業)「医薬品製造業者等における品質問題事案の発生予防及び品質の継続的な維持向上に向けた調査研究」(2023~2025年度)に携わらせていただいている。
 本研究では、意図しないGMP不適合が生じた際の「気づき(検出)力」と「改善力」の向上に着目し、その指針や活用すべきツール類について体系化し、ガイドラインやマニュアル等として提供するため、以下の5つテーマを設定して調査・研究を行っている。

① 製造業者等の問題検知力及び問題解決力の向上に関する検討
② 官民の品質リスク情報コミュニケーションの在り方に関する検討
③ 企業間の業務委受託に関する検討
④ 医薬品製造業者等の実態調査及びそれを踏まえた対応策の検討
⑤ デジタルを活用した効率的かつ効果的な品質管理方法の検討

これらのテーマに関して、現在までの取り組み状況は以下のとおりである。

①アンケートの結果等にもとづいて、製造所の問題検知及び問題解決力の向上の取り組みに役立つと思われるツール類を選定し、初心者向けの「問題発見・問題解決マニュアル(仮)」の作成に着手している。本マニュアルでは問題検知、問題解決に留まらず、根本原因の特定やCAPA(是正措置・予防措置)事例集等も含める予定である。実効性のある問題発見や根本原因の追究、改善策の立案に悩む製造所において、真に役立つものとすべく、メンバー全員で議論を進めているところである。
また、これら活動と並行して、PMDAや開催府県薬務主管部署の協力も得て、医薬品製造業者等を対象とした問題解決ワークショップを開催している(2024年1月奈良県、7月京都府、2025年1月徳島県)。本ワークショップではグループワークを通して問題発見や解決の手法を学んでいただくとともに、同業他社との課題や悩みの共有など、参加者からも好評な評価をいただいており、2025年度も継続して開催予定である。
②海外規制当局におけるGMP査察結果の公開状況に関する調査結果、及び国内製造業者、製販業者を対象としたアンケート結果をもとに、日本版Warning Letter制度の創出に向けた開示内容等について提言を取りまとめた。更に(Warning Letter対象以外の)GMP調査情報についても公開制度の創設に向け、課題の整理を進めている。
③欧米における委託先製造所管理の方法を参考に、製造業者以外の事業者がL字契約の中間事業者となるための要件を整理し、提言を取りまとめた。また製造販売業者による製造業者管理に関するアンケートより、GQPの適正な運用や、GQP業務の委託、共同開発及びMF管理おいて課題となる事項を取りまとめ、2025年度は課題解決につながるQ&A等を作成する計画である。
④医薬品製造業者等の実態調査結果に基づき、製造管理者の要件に関する課題を整理し提言を纏めた。本提言をもとに製造管理者の薬剤師要件の例外規定が2025年薬機法改正案(本稿執筆時(2025.3)国会審議中)に織り込まれた。更に、アンケート等の調査結果から、改善が必要と考えられる制度上の課題の抽出を進め、解決策についての検討を行う予定である。
 また、平成12年に通知で示された生物学的製剤等製造所におけるバイオセーフティの考え方ついて、対象者や、近年の再生医療等製品や新規モダリティ製品の出現を踏まえ、見直し案を検討している。
⑤当該製造所等のデジタル化技術の成熟度に応じて活用できるよう、製造所や製造販売業者におけるデジタル化事例を収集し、初年度事例集として事務連絡が発出された。R6年度も引き続き事例収集を継続し、事例集の充実を図るとともに、初年度事例集についてのアンケート調査の結果も考慮して事例集の作成を継続している。

これらの活動の結果として、国内における医薬品等の製造販売業者等において、品質問題事案の根本的な解決や予防策の立案や実行が可能な適切な品質保証体制の構築、さらには製造される医薬品の品質および信頼性の向上を通して、堅牢な医薬品の安定供給体制の構築にも資することにつながることに期待したい。
 最後に、これらの取り組みを行うにあたっては、ジェネリック製薬協会の会員企業をはじめ、製薬団体に所属する多くの方々に研究チームに参画していただき、多大なるご協力をいただきました。心より感謝申し上げます。また本研究の遂行にあたり、アンケート調査等にご協力いただきました皆様にも改めて御礼を申し上げます。

 

以上